中西悟堂の書簡

スレッド:詩・想 // ジャンル:小説・文学
野鳥の会 創設者 そして歌人・詩人である悟堂先生
同じ詩人である、山下千江さんに宛てた書簡を手に入れました
手紙の方は昭和43年 悟堂先生 73歳の時に書かれたもので
ハガキの方は昭和56年 晩年(86歳)の時に書かれたものでした。

中西悟堂

詩集を読んでの感想文でしたが、感想の中には 
中西悟堂―かみなりさま の本で書かれているような自分の履歴などが書かれてました。

中西悟堂

「私の母は私を産んで間もなく行方知れず、私は一人ぼっちの部屋の中で、飢えと孤独に火のついたように泣き叫んでいた赤ちゃんであったとか、そんな私がそんな母を何十年も探したが、この歳までも、ついに逢えない。」

父親は日清戦争で失ない 三歳の時には両親が居なく
伯父 中西悟玄の養子となったそうです

中西悟堂

それ以後の履歴
14歳の時に作った短歌「まろくして、赤き夕陽竹藪のかなたにあれば手に力とり難し」の処女作が書かれ
 そして19歳の時には三年間両眼失明で徴兵検査に洩れ
五十代の脳血栓で死線を超えて、一挙にハダカ生活踏み切った代わりに生きることの杳けさをみごもった
という事です。
杳けさとは何?とググってみましたが、わかりませんでした。
「40年間、自然と大導師としてきたので、戒名だけはつけるなよと 遺言代わりにたのんでいる私です。」

ただの感想文でしたら、手に入れることは無かったでしょうが、生い立ちが書かれていたので
手に入れちゃいました。

中西悟堂

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 » 2012.07.07(Sat)13:37 |  » 投稿者:- » 編集 

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ミ☆・・鍵コメ 2012.07.07(Sat)13:37様・・☆彡

どうもありがとうございます
目の方は今のところ大丈夫ですが、またいつ再発するかわからない
不安があり、現状では完治しないと言われてますから困りものです。

杳で検索すると
1 暗くてよくわからないさま。また、事情などがはっきりしないさま。
2 はるかに遠いさま。奥深く暗いさま。
と言う意味のようで、なんとなく雰囲気が掴めました。
 » 2012.07.07(Sat)18:18 | URL » 投稿者:kochan » 編集 

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