紅葉 そして美術館へ

先週末が紅葉の見納めかと思い、妻と府中の森公園に行きました
人が沢山居るだろうと 鳥は諦め 70-200mm F4の レンズ一本しか持っていきませんでした

キジバト

まさかアトリがイロハモミジの種を食べに来ているとは思いませんでした

アトリ

日本一高いお山でも 紅葉にアトリは今まで撮った事が無かったと思います
人がたくさん居る公園でまさかアトリと紅葉が撮れるとは思いませんでした。

アトリ

公園に隣接している美術館で「生誕130年 藤田嗣治展」を やっており
素晴らしい絵をたくさん鑑賞してきました。

藤田

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ヤマイモのムカゴを食べるジョウビタキ

スレッド:野鳥の写真 // ジャンル:写真
遊びに来ている皆様、久しぶりのブログで申し訳ありません
数か月ぶりにカメラを持って里山へ鳥見に出かけました
ジョウビタキと出会うのも1年ぶりです。

ジョウビタキ

ジョウビタキがヤマイモのムカゴを咥えるのを初めてみました。
こんな大きなムカゴ食べれるのかな?

ジョウビタキ

捨てるかなと思ったら、飲み込んでしまいました
大きいので喉を通っていくのが良くわかりました
栄養はあるでしょうが、消化いいのかな?

ジョウビタキ

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江戸時代 幕末に描かれたカンムリツクシガモ

入手にした絵の中には、とても貴重で珍しい鳥が描かれていました
絶滅したとされている、カンムリツクシガモです

このカモの記録がある地域は韓国、北朝鮮、日本、ロシアと
分布域が狭く、標本(剥製)も全世界で3標本しか無いようです。 そのうち山階鳥類研究所に雄、雌の2標本があります
1916年に朝鮮半島釜山近くで採集された標本を入手した黒田長禮博士は
1917年にこの鴨を新種カンムリツクシガモとして日本鳥学会に発表されました
雄の標本が見つかるまでは、アカツクシガモとヨシガモの種間雑種と考えられていました。
本種の詳細な写生画 「鳥づくし」、「観文禽譜」 1822年に函館で捕獲された雄雌の写生画
など複数あり1989年までに計20点位があるようです

今回はちょっとした発見でしょうか
江戸時代には朝鮮半島から数多く輸入があったのか、この鴨が飼い鳥として売られていたという記述があったようです
入手した絵の鳥は初列風切り羽や尾羽が乱れているので、飼われていたものを写した可能性があるかもしれません
江戸時代はチョウセン鴛鴦(オシドリ)と呼ばれていたようです。

↓クリックすると拡大画像が見れます。
カンムリツクシガモ

カンムリツクシガモ雌を含んだ写生画もあったようですが
私が雄の絵を入手する1週間前に他の人の手にいってしまいました
残念ながら私の手元にはありません。

カンムリツクシガモ

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江戸時代 幕末に描かれた水禽(水鳥)たち

江戸時代に描かれた水鳥の絵を紹介します。
N.オークションで見つけ落札しました
描かれた年代は文久三年十一月という事で幕末ですね
残念ながら絵師の名前が達筆すぎて読めませんでした。
江戸時代には絵の上手な町絵師が大勢居たのかもしれません
有名な絵師であれば当然 博物館いきでしょうね。

まず一枚目はバンです、以前手に入れた江戸時代に描かれた鳥の絵は、死んでいるようで
目が潰れて、瞳が入っていませんでした
今回は、生きているものを写したようで鳥に動きがあり、目の虹彩の色までわかります。

↓クリックすると拡大された画像が見れます。
バン

同じバンの飛翔姿になります

バン

オナガガモですが、「サクカモ オナガ」と書かれています。

オナガガモ

コガモの雌です、羽の模様が細かいので、雄を描くより手間が掛かっているかもしれません
残念ながら雄の絵はありませんでした。

コガモ

次も雌のオシドリです、残念ながらこれも雄の絵は手元になく
二回に分けてオークションに出品され、この絵を落札する1週間前に
すでに他の人の手に渡っていました。

オシドリ

次はミミカイツブリですが、「アトアシ羽白」と書かれています
アシが他の鳥に比べ後ろにあるように見えるからでしょうか。
最初見たとき、ハジロカイツブリかと思ったのですが
ハジロカイツブリに比べ額がなだらかなのと、喉下から胸元に赤みががあり
ミミカイツブリにしたのですが、しかし口角から目にかけての赤色線が無いのと
目の後ろの飾り羽が少し太く、ハジロにも見えます。

ミミカイツブリ

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カルガモとアオダイショウ

最新ネタになります
家内と東京の植物園に行き、バラやアジサイを見に行ってきました
小さな川が流れている場所があり、カルガモがペアで仲良く泳いでいるのを見ていると
なんとカルガモの3倍以上はありそうなアオダイショウが泳いでいたのです。

カルガモ

カルガモも興味があったのか後を付いていくように泳ぎだし

カルガモ

アオダイショウを追い越すと向き合い

カルガモ

アオダイショウも驚いたのか、しばらく時間が止まったかのような状態でした。
蛇が嫌いな人はごめんなさい。  私はアオダイショウもカルガモも可愛く思いました、(^^ゞ

カルガモ

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藤田嗣治からの手紙 「日本野鳥の会 中西悟堂宛 略歴記入」

日本では知る人ぞ知る画家 藤田嗣治 
晩年63歳フランス国籍をとり、日本国籍を抹消
「私が日本を捨てたのではない、日本が私を捨てたのだ」と言ってたそうです。
藤田嗣治  ウィキペディア

2年前にはオダギリ ジョーが藤田を演じ日本フランス合作映画「FOUJITA」が上映された。

その藤田嗣治から日本野鳥の会宛に送られた手紙が
ネットオ-クションに出品されていたのが目に止まり、落札いたしました。
オ-クションの写真では中西悟堂の名前には、ぼかしが入っていました。

実家には藤田嗣治のリトグラフが飾られており
10年前の展覧会「生誕120年 藤田嗣治展」にも見に行き
憧れの画家でもありました。

藤田嗣治

藤田嗣治

消印を見ると 昭和10年7月25日に送られたものです、日本野鳥の会が設立したのが昭和9年ですから
約1年後になります。

藤田嗣治

書簡の内容は藤田の昭和8年までの略歴が書かれたものでした。 
(昭和8年生まれの母が訳すも、略字が多く少し違うかもしれないとの事)

拝啓 小生 佐渡 秋田 男鹿半島 十和田湖方面へ旅行いたし 昨日帰郷いたし候 横顔
について ご返事遅れ申し訳なく候も只今送り候
明治十九年十一月二十七日 東京牛込区にて生る            藤田嗣治
明治四十四年 東京美術学校洋画家卒業
大正二年   佛国 巴里へ留学
大正八年   佛国 サロン・ドートムの会員に推薦せらる
大正十二年  佛国 サロン・ナショナルの準会員に推薦せらる
       其の他 チュレリー・アンデパンダンの会員となる
大正十三年  日本帝国美術院に推薦せらる
大正十四年  佛国政府よりレヂオン・ドノール勲章を授けらる
       同年 白耳義(ベルギー)政府よりレオポルド一世の勲章を授けらる
昭和四年   三か月間 日本へ第一帰朝 正ちに巴里へ帰る
昭和八年   第二帰朝
      同年 二科の会員に推薦せらる 作品は世界中至る処の美術館にあって自分でも皆知りません程です
         世界 欧米 南米 支那 その他 極めて足跡広し。

藤田嗣治

この文章を会誌「野鳥」のどこかで読んだことを思い出し、昭和10年発行の「野鳥」から探しました

藤田嗣治

昭和10年発行 会誌「野鳥」の表紙

八月号に「ペリカン鳥の話」と言う題で藤田が寄稿し、執筆家の横顔として掲載されているものです
私にとっては野鳥の会を創立したばかりの中西悟堂と繋がりがあったのが、かなり驚きでした。

藤田の絵はネットオークションでの肉筆画は9割以上が贋作だと思っています。。
本物の絵は高額で、なかなか買えませんので、自筆の書簡でもちょっとしたお宝になりました

藤田嗣治
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ハヤブサ幼鳥

久しぶりに今年3月 蓮田でハヤブサに出会いました
ハシブトガラスの群れに攻撃をかけていました。。

ハヤブサ

嘴にはカラスの羽らしきものが見える。

ハヤブサ

ハヤブサの声を生で初めて聞いたのですが、レコーダーが手元に無かったので 残念!!

ハヤブサ

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